日記



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芋を洗う

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私は、松下幸之助を尊敬しています。


ーー松下幸之助 「道をひらく」ーーーーーーーーーーーーーーー


このごろは、あまり街中では見受けられなくなったが
それでも、ときどき思わぬところで
昔懐かしい芋洗いの風景にぶつかることがある。



大きな木桶に芋をいっぱい入れて
その桶の縁に上がりこんだ若者が
二本の丸太棒でヨイショ、ヨイショとかきまわす。


その力に押されて、芋は上から下へ下から上へ
そして右に左にと移動して、大芋小芋とりどりの姿が
現れては消え、消えては現れてくる。


上にあるものとても、いつまでも上にいるとはかぎらない。
また下の芋も、いつまでも下積みでいるとはかぎらない。
やがては上にあがってくる。
下におりてくる。



何だか人生の縮図みたいである。

人の歩みには大なり小なり浮沈がつきまとう。

上がりっ放しもなければ、下がりっ放しもない。
上がり下がりのくりかえしのうちに
人は洗われみがかれていくのである。


だから、たまたま上にいたとて、おごることはすこしもないし
下にいたとて悲観する必要もない。
要は、いつも素直に、謙虚に
そして朗らかに希望をもって歩むことである。



おごりの気持や悲観の心が出てきたとき
芋洗いの姿を思い出すのも、また何かの役にたつであろう。
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ーーー松下幸之助 「道をひらく」ーーーーーーーーーーーーーーー





こども
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子供と遊ぶとついつい本気になってしまい、その日は寝ること寝ること。

子供はみんなをつなげる不思議な力を持っているなぁと、感じる。

いつもいる人がいないと、ばぁちゃんは?
じぃちゃんは?
まっちゃんは?

みんなでいこ。

そんなふうに話ながら、前を歩く。

なにかもめたことを笑い話でしていると、嫌な様子で、えーーーん!
と、絶叫。

大人たちは、やめる。

純粋でまっすぐなこどもの心に触れると、こちらが優しくなれる。

でも、毎回私の遊び方はやり過ぎて、怖がられてしまう。

やめてー!

と。言われるのでやめると、、、、、


まっちゃんもういっかいやって。

やめてー!

繰り返しのエンドレス。

不思議なこども。

まっちゃんもいこ。

そんなふうにちいさいこどもに言われるとかわいくてたまらない。

大人になって忘れている大切なことに気づかせてくれる宝。

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音楽の力
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音楽を生で聴くことは、学生時代はよくあったけれど、お客様たちにライブなどでなにげなーく押されて結局聴くことではなく押してくるおしかたや、まわりの盛り上がり方に目がいってしまうことが多かった。


早い番号ではいっても、いつも友達とはぐれて後ろの方になっていた。


その方が落ち着いて聴くことができた。


友人が楽器をひく。
時々、ライブにいかせてもらう。

音楽の力をいつも感じて泣いてしまったり、笑ったり、こらえたり、心は忙しい。
たくさんの音は、こころを豊かにしてくれたりこころを癒してくれたり、こころを繋げてくれる。

目には見えない不思議な力。


演奏者は体も心も顔も声も全部を使って音を出しているように感じる。

知っている曲でも生で聴くとその時のそこの空気やその時のその人たちの気持ちを感じる。

音楽の力は、素晴らしい。
そして、音を作ることができる人も素晴らしいなぁと思う。

音楽の力よ。

芸術は、人と人をつなげるもののように私は感じる。

それは、すべてのことに共通点があると思う。
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洋服改造計画
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母がよく洋服や帽子を改造計画をたてて改造を実行してしまう。

帽子を改造したときは、なんどもやっていて、最後は謎の形になり、その帽子はいつのまにか解体されていた。
あの帽子の布はなにかにまた改造されたのかは、わからない。

洋服も改造する。
サイズが合わないといって、一日中やって、いろんなところから布を切ってあてがっていた。

最後に着てみると、、、

胸がはちきれそうに。。。

なにかを思い付いた様子で、、、

あ!
ブラをはずせばぺたーんだから、そうしよう。

志村けんじゃないんだから。。。。。

母の日だった昨日、姉からカーネーションが届き、義理のあねからもカーネーションが。

これでわたしがまたカーネーションをあげてもなぁ。

お好み焼きをごちそうして、いつもありがとうと伝えると、ニコッとしてこちらこそありがとうといった。




家族は、いろんなことがある。
その中のいろんなことが、嫌でたまらないときもある。
理解したいのに磁石のように反発しあったり。。。。。

そこには、感謝をそれぞれがなくしたときに、生まれるように思う。

何度くりかえしても、このおもいはくりかえしてしまうのかな。

母と父がいなかったら、わたしはいまここにはいない。

あたりまえのことだけれど、あたりまえすぎてけんかをしたり、いつまでも過去をひきづりあい憎しみあう。

どんなに苦しいことがあってもいまここにいることにあらためて感謝できた日だった。

母の日よありがとう。



父の日は、先にすませた。

父の日がどうでもいいわけではないけれど、うらめしそうに見ているので、、、、、、


二人とも長生きをして仲良くいて欲しい。

会話かみあっていませんけれど!

いいのね。。。。。
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テレパシー
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テレパシーというものを、よく感じる。

心のアンテナのようなものかなぁ。
それは、友達のことを思っていると、その人から連絡が来たり。なんとなく気になって、連絡をすると私に連絡をしようとしていたと聞く。

不思議だな。

心は摩訶不思議。

なにかを感じる人には声をかける。
そういう人は、たいていたくさんのことを経験して乗り越えている人。

私もたくさんのことを乗り越えていきたい。

脳はシワがある。
年を取るとシワもできる。

心にもシワがあるのかな。
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ライキとは。
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ライキってるなぁ。
と、思う。
ライキというのは、よくおばあちゃんが太っている人のことを話すときに、デブライキ。
と、言っていたからだ。

昔は痩せていたから、今の私をおばあちゃんはきっと、まっちゃんライキってるなぁと思われているだろうな。

痩せすぎて心配されたていたけれど。。。いつのまに。
たまてばこ、あけちゃったかな。

ライキ。

ライキってなに?
今でも意味はわからないまま。
わからない。
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バラの花
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不思議な時にそのひとはやってきて、自分で育てたバラを、置いていく。
たいてい私が辛いときや、むくわれたとき。

何でわかるんだろう。


私にあまり声をかけず、正子ちゃんに。
と、だけ伝言をし、すぐに帰ってしまう。
にげあしはやい。


はじめてうちの住宅にこしてきたときもよく覚えている。

母が、前に役員をやっていたから。


その時は母は出かけていて私が対応した。


なんとなく、まっすぐな印象がした。



そのあとその人を知るたびに、まっすぐなひとだなぁと、なおさら思う。

ベランダで、バラの花を咲かせてしまうマホウツカイ。なんの粉を使っているのかな。


中身はとっても乙女。
話すことは、男前。


本当のことは、心から優しいひとだということ。


昔から感じていた心は本当の真心の人だったこと。


真心を送り続けること。
簡単なようで、簡単ではない。
反応がなくなると、やめてしまう。

そのひとは違った。
私は反応できないくらいだった。
心のなかでありがとう。と、思うことしかできなかった。

今日は、追いかけてありがとうございますの気持ちを伝えた。



かっこいいなぁと私はいつもいつも思う。


きっとそんなことを伝えたら、私の肉をつねると思う。
そういうかわいらしいご婦人。

いつも優しい気持ちをありがとうございます。

バラの花。

なににもたとえることはできない。

そのご婦人も、バラの花も。

お腹の肉も。



小学生のころ母の日にカーネーションを買いに行って売り切れていたので、バラ一輪を買ったら、花屋のおじさんに、おかしなことをいわれた。
どうやら男だと間違われていた。

キミ、キザだね。
好きな子にあげるのか!!
今時の子供はませてっからなぁ。

固まりすぎて、私はなんの言葉も発することができなかった。

ただただ、その勘違いが無性に恥ずかしかった。
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